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2015年7月30日 (木)

司書子さん☆今月の一冊二冊 2015年7月

司書子さん☆今月の一冊二冊 2015年7月


『葬送の仕事師たち』 井上理津子著 新潮社 1400円 2015.4
 最近葬儀を出す立場になり、葬儀場や火葬場で意外に若い人が働いていて、その美しいたたずまいに驚きました。そんな時にこの本の存在を知り、読みました。葬儀者社員、納棺師、エンバーマー、火葬場職員たちにインタビューをして、仕事内容の紹介や仕事に対する思いが書かれています。この本に登場する人たちに共通してあるのは、故人や遺族への思いやりです。すでに死んでいる遺体に対して、丁寧に接しお顔を整えたり、きれいに骨が焼けるように工夫したりしています。また、葬送の仕事を目指す若者たちの姿も書かれています。(E)

『新版 荒れ野の40年;ヴァイツゼッカー大統領ドイツ終戦40周年記念演説』
リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー著 永井清彦訳・解説 (岩波ブックレット№767)

 耳にする言葉が時々気になります。あれ、これってこんな言葉だったっけ?…と最初に感じたのは、「自己責任」でした。
それまで用いられたことのないような文脈で頻出するようになったと思ったら、すっかり「そういう言葉」として定着しましたが、「国」が「国民」に対して用い出したのは、そんなに昔のことではありません。今なら「積極的平和主義」も聞くたび妙な気分になります。平和学でいう「積極的平和(Positive peace)」とは、単に戦争状態でないだけでなく、すべての人が差別や貧困など構造的な暴力からまぬがれて、人権を尊重され生を謳歌している状態を平和とする概念なのだそうです。
 そこに「主義」がくっついただけで、何故「攻撃は最大の防御」的矮小な(かつまったく逆転した意味の)言葉になってしまうのか? イメージ操作に利用され、簡単に解釈を変更されて、言葉はどんどん軽くなっていくようです。

 今年1月、ヴァイツゼッカー元大統領の死去が伝えられた時、このブックレットを読みました。格調高くて少し難しい、しかし、使い捨てられていく軽い言葉とは対極の、選び抜かれた言葉の重みを感じるものでした。

 第二次世界大戦で同じ敗戦国となった日本とドイツは、その戦後処理の違いをよく比較されます。もちろん彼我のたどってきた歴史、統一ドイツを目指す政策上の思惑という違いもあるでしょうが、ドイツでも戦後40年の節目を前に「ナチのしたことの多くは歴史に前例がある」「戦後住み慣れた国を追放されたドイツ人も“人道に対する罪“の被害者だ」「連合国のドレスデン無差別爆撃はどうなんだ」といった…要するに「ドイツだけが悪かったわけではないだろう」といった論調は噴出していたのです。

 ヴァイツゼッカー演説は、そうした風潮の中に「投じられた一石」でした。もちろん賛否両論あったのだそうです。しかし、大統領のもとには圧倒的な賛同の手紙が半年の間に6万通殺到しました。この演説は重苦しい過去とどう向き合えばいいのか苦しみ、分断されていた人々の精神的な支柱となり、国として目指すべき指針となったのです。

 言葉の持つ力とは、こういうことなんだと思いました。

 消してしまいたい過去。目をつぶってやり過ごしたくなる記憶。歴史の中にそうした部分がない国家は、多分存在しないでしょう。だからこそ、この演説は普遍性を持ち得ている、30年の時空を越えて。

 「「過去の克服」論が「和解」でなく「謝罪」したかどうかをめぐってのさわぎ」になってしまう私たちの国は、戦後70年を迎えて、どんな言葉を発する国として世界に認識されるのでしょうか。(T)

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